101.日本語の来歴(2003.1.13掲載)
「今年はヒツジ年ですが、私はブタ年です」 先生のこの言葉を最後に、私の中国語個人レッスンは終了した(学習完了)。職場の中国人を師と仰ぎ中国語と中国文化を学んできた5年間であったが、そこは異国語学習の常、言語中枢と根気中枢が飽和点に達し、いくら続けてもレベルが向上しない状態となったのだ(水平提不高)。ま、日常会話は何とかなるから問題ないか(没問題)。 先生はブタ年生まれである。十二支は中国由来のものだから順番も日本と同じだし、中国も今年は未年(旧暦につき多少のズレあり)。しかし、中国にはイノシシ年のかわりにブタ年がある。「猪」という字が中国ではブタを意味するところがすり替わりの原因だと思うが、このへんも異文化吸収のヒントとなる。他にも、「手紙」がトイレットペーパーだったり、「新聞」がニュースだったり、「勉強」が「無理」を意味する単語だったり。食に関する単語でもズレは多い。「湯」はスープ、「野菜」は食べられる野草、「大根」はただの大きな根っこ。もちろん日本語と同じ意味の単語もたくさんあるし、発音だけ日本に定着した「ロートル(老頭児)」「ポンユウ (朋友)」といった言葉もある。 古代、最先端の技術を大陸に求めたいにしえ人は言葉もまた輸入し、それが土着言語と交わりやがてこの国のことばとなった。 最近、カタカナ外来語の氾濫に関する議論がかまびすしいが、どんどん取り入れてカタカナ日本語にしちゃえばいい。フランスみたいに国が外来語を規制したり、中国みたいに外来語を全て漢字で置き換えたりするのは窮屈きわまりない。今さらレトルト食品を「加圧加熱殺菌済食品」とは言えないし、チキンナゲットが「鶏肉一口揚物」じゃおいしくないだろう。 そんな平成15年正月。さらに日本語の来歴を知りたくなった私は、無謀にもハングルに挑戦することにした。今回は独学だが、腹ペコの「ペコ」がハングル由来だったり藤原鎌足の「足(たり)」がハングル読みだったりとなかなかおもしろい。 そんなささやかな発見が、三日坊主に抗う原動力となるのである。
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