1043.猛暑と酒粕(2021.11.1掲載)
幼時、冬になると近くの八百屋さんによく酒粕を買いに行かされた。 板状の酒粕が4〜5枚袋に入って50円くらいだった。 酒粕は父の好物で、焼いて砂糖を付けて食べたり、湯に溶いて砂糖を酒粕の半量入れ、甘酒に仕上げて飲んだりしていた。下戸の父のささやかな晩酌だったのかもしれない。 今でも時々おねだりされるのだが、最近は酒粕が手に入りにくくなってしまった。日本酒離れで生産量自体が減ったという事情もあるが、それ以上に酒造メーカーによる生産技術の向上が大きく影響している。 酒粕は清酒を絞った後の「残り粕」であり、通常は仕込み量の25%程度排出される。より多くの清酒を絞り、酒粕排出量を減らせばそのまま利益につながるわけで、酒粕減少はメーカーの営みとして当然の帰結なのだ。 そんなレアな酒粕だが、今年の冬は少し期待できそうである。猛暑の年は酒粕が増えるという現象が、科学的に証明されている。 そもそも、清酒の醸造工程は他の酒類と比べて複雑で、麹菌による米の溶解・糖化と酵母によるアルコール発酵が同時進行する「並行複発酵方式」。 この、米の溶解加減が清酒の生産量=酒粕発生量に影響していて、以前から夏が暑いと米が硬くて溶けにくいことが知られていた。杜氏は、これを経験則でコントロールしていた。 猛暑で酒粕が増えるメカニズムはこうだ。 稲の穂が出る頃の気温が高いと、米の大半を占めるデンプンの一成分であるアミロペクチンの分子構造が長くなる。長くなるとデンプンの老化が速くなり、蒸した米が速く硬くなる。硬くて溶けにくいから清酒が絞りにくくなり酒粕が増える、というわけだ。 厳しい夏だったが、デンプンの老化が速くなって酒粕がたくさんできて、父の老化がちょっとだけ遅くなったら、ありがたい。 猛暑のおかげで懐かしい味が愉しめそうな気配である。
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