1157.ふたつの修羅場(2024.2.12掲載)
テレビショッピングのオーディションを受けたことがある。 まだ青き20代後半。日本テレビのスタジオで30人のご婦人審査員の前でかつお節をアピールした。番組セットの中に立たされた私は、10分間採点表を手にした審査員たちを盛り上げることに全神経を集中したのだ。 しかし、しょせんは地味な食品。 前のエントリーが宝石だったことも災いして場はシラケ気味。「それって近所のスーパーでも売ってるじゃない」との突っ込みにうろたえ、「光らないものはつまらないわ」とのつぶやきにへこんだ。 もちろん結果は落選。商品を手にした私がお茶の間をわかせることはなかった。 その5年後、地元の三越百貨店地下食料品売り場で、だし取りの実演をしながらめんつゆを売るという修行をしてしまった。 エスカレーター付近で包丁やフードミキサーの実演販売をやっているが、あのパフォーマンスである。「奥さん、やっぱりめんつゆはだし感ですよ」とちびり声でトーク。 開始直後は人影もなく、誰に対して「奥さん」と語ればいいのかわからない。いつもうろうろしている場所だけに、吹っ切れるまでが大変の30分間だった。 こんなふたつの修羅場。二度と御免の荒療治だが、一番の教材でもある。 苦しかった部活の夏合宿を思い出し、「あの修羅場を思えば、こんなのまだ楽な方だ」と体力の限界を超えられることがある。 校内暴力で荒れた修羅場中学時代を思い出し、「ま、こんなこともある」と土壇場でプラス思考に転換できることがある。 修羅場の数ほど、人は大きくなれるのである。 もう一度、テレビショッピングとデパートの催事に挑戦しようと思うのである。
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