179.「ぬ」の用法(2004.7.26掲載)
ひらがなの「ぬ」が絶滅の危機に瀕しているという。たしかに新聞を読んでも「ぬ」という文字はあまり見かけないし、パソコンのキーボードでも「ぬ」は左上の隅にポツリ追いやられてしまっている。抜かれることで脚光を浴びるようになった「ら」の存在も微妙であるが、それ以上に「ぬ」の前途は暗い。 元来、「ぬ」は文語の否定・完了の助動詞として多用されてきた。「値上げは許さぬ」「想ひ出は帰らぬ」「風立ちぬ」「月傾きぬ」…。 助動詞以外で使われる場合でも、「ぬ」があると大時代的になって言葉に凄味が出てくる。「おぬし、ぬけ荷の品に、ぬかりはないな」。 食品で「ぬ」を含むものを見てみる。「さぬきうどん」「カップヌードル」「きぬごし豆腐」「ぬか味噌」。うーん、それなりに流行っているものばかりだが、今ひとつ「ぬ」の存在感が薄い。 では、食感を表現するオノマトペ(擬音語)ならどうか。「ぬめぬめモズク」「ぬるぬるウナギ」「ぬらぬら昆布だし」…。いい感じになってきた。これらの食材のまとわりつく感じは、「ぬ」を使わなければ表せぬ! 文語的用法がレアになってきた今日、「ぬ」存続の鍵を握るのはそのアンニュイな音感ではないか。マイナーでもメジャーでもないヌーっとした感じ。ねばねば食品が体にいいように、ぬめぬめ食品もまたヘルシー。まとわりつきそうなねばねばより、ちょっと控えめなぬめぬめという響き。 ぬくもりがあって、私はけっこう好きなのである。
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