491.メイラードな夜(2010.10.18掲載)
2010年度のノーベル化学賞を有機化学専攻の鈴木、根岸両先生が受賞された。恥ずかしながら有機化学に20代を捧げた小生、埃をかぶった教科書を開けて有機合成反応を懐かしみ、朗報の夜をすごした。 有機化学は衣食住のすべてを支える身近な学問であるが、報道各社はその用語解説にかなり苦労していた。ふとNHKラジオの「夏休み子ども科学電話相談」の回答者ならどう答えるだろうと思った。 「先生、どうして放射能は体に悪いのですか?」 「あのね、プラモデルの設計図に醤油をこぼして真っ黒になったら戦車やゼロ戦作れないだろ。それと同じで、放射能は君の体の中にある設計図を汚してしまって、体がうまく成長しなくなるんだ。こわいだろ」 「先生、親切っていい言葉なのに、どうして親を切ると書くのですか」 「それはね、下から読むんだ。切に親しい、切なくなるほど親しいというあたたかい言葉なんだよ」 名回答である。間違っても「大人になったらわかるんだけどね」などと言って逃げてはいけない。勇気を出して電話をかけた子供たちの、好奇心の芽を摘む愚を犯してはならない。 モリソンボイド(有機化学の教科書)でセンチメンタルジャーニーを愉しんだ翌日、近所のコインランドリーに置かれていた全日空の機内誌で、誌面いっぱいに踊る有機化学の定番用語を目にした。 「メイラードな街 香ばしさの美学」 大阪のご当地グルメをメイラード反応という有機化学の視点で捉えた特集記事で、お好み焼き、たこ焼き、串カツ、焼き鳥などがタレやソースを主役に据えて紹介されていた。 タレもソースも、アミノ酸と糖がくっつくメイラード反応のたまもの。すなわち、旨みと甘みが加熱されてきつね色になって香ばしくなる反応。おいしい反応。 ああ、お好み焼きが食べたくなった。 とにかく、有機化学は生活に密着した学問なのである。 ================================================================ 「メイラードな街」は、「翼の王国」2010年9月号掲載です。
|
column menu
|