519.足るを知らざる国となり果つ(2011.5.9掲載)
日経ビジネス2011年4月18日号に、大震災以降、日本の食卓を襲った食の危機についての特集記事が掲載されていた。 三陸沿岸は水産物の宝庫であり、東北・北関東は野菜の一大供給エリア。これらの地域が被災したり放射能に汚染されたりして、農水産物の供給が滞っているのだ。 例えば魚種別に見た被災地域県のシェアは、養殖ワカメ79%、サメ類61%、サンマ41%、サバ類38%、養殖カキ29%。そして、農産物の東日本11県のシェアは、ニンニク78%、ゴボウ66%、ネギ57%、レンコン51%、ホウレン草50%、枝豆50%。 これらが全て供給できないとしたら、当たり前のように繰り返されてきた日常の夕げがお金を出しても手に入らない状態になるわけで、我々日本人がこれまでどれだけぬるま湯につかっていたかを思い知ることになる。 石原慎太郎先生が「天罰」と形容したこの事態を、作家の曽野綾子先生が読売新聞紙上で総括している(2011年4月9日付朝刊)。 「私たち日本人は、戦後の復興と高度経済成長を経て有頂天になっていた。今回の東日本大震災によって、甘やかされた生活がこれからも続くという夢が打ち砕かれた」 「『欲しい』と思えば何でも手に入る社会は、異常社会だ」 「政治家は『安心して暮らせる社会を作る』と言うが、そんなものはありえない。老年世代までが、政治家のそんな言葉を信じていた。政治家も有権者も、自分の頭で考えることをしなくなっている」 (2011年4月9日朝刊) 加工食品を製造して食卓に海幸山幸を届けることを生業としている者は、曽野先生の警鐘をどのように受け止めて物作りをすればよいのか。 答えはまだない。 そんな時、道標となるべき一首が、歌人富小路禎子(とみのこうじよしこ)氏の作品にあることを知った。 「服あふれ靴あふれ籠にパンあふれ足るを知らざる国となり果つ」 ただただ胸が痛い。 ================================================================ 富小路氏の短歌の出典は、2011年4月29日付読売新聞編集手帳です。
|
column menu
|