552.2012年の有機化学(2012.1.16掲載)
小生の研究分野は、学生時代から一貫して有機化学である。 有機化学と聞いただけで、亀の甲(ベンゼン環)を中心とした化学式に目眩を覚える御仁も多いと思うが、どっこい自然科学の礎をなす重要な学問なのだ。 全ての生物は有機化合物の集まりだし、食品の味や香りも化学式なしでは語れない。そこで、2012年に発展が期待される有機化学系の研究テーマ3傑を挙げてみた。 その1.記憶のメカニズム 脳は化学コンピューターとも呼ばれ、その回路を形成しているニューロンどうしは神経伝達物質という有機化合物を介してやり取りしている。よって、まだ不明な点が多い記憶のメカニズムが解明されれば、薬を使って記憶力を高めることが可能になる。 すでに、性ホルモン、ニコチン、グルタミン酸、セロトニンなどがその候補物質として知られている。 その2.人間のフェロモン フェロモンは、昆虫などの下等動物が情報伝達の際に発する揮発性の有機化合物であるが、人間にもフェロモンの存在を示唆する事例がいくつかある。 赤ちゃんは母親の汗の匂いを好み(この認識力は母乳で育った赤ちゃんの方が高い)、思春期の女子は父親の匂いを忌避する。また、ホラー映画を観て恐怖を感じた際に出た汗を別の人に嗅いでもらうと、嗅ぎ手は汗の主がそのときに怖がっていたか楽しんでいたかを判別できる。 その3.生命誕生の謎 今から約40億年前の地球で無生物から生命体が誕生したが、その瞬間はいまだに謎に包まれている。生物を定義づける2つの特徴、エネルギー代謝と自己複製(遺伝)はどちらも化学反応であり、生命誕生の謎は有機化学の範疇ということになる。さらに言えば、地球外生命発見の鍵を握るのも有機化学なのだ。 これら3つの研究の先にあるのは、有機化合物で記憶力が向上し、人の心を操作でき、試験管で生命体を作れるようになった人類の姿か。 楽しくも恐ろしい近未来の扉を開けるのは、紛れもない有機化学の力なのだと再認識しつつ、地味な食品の研究に精を出す今日この頃である。 ================================================================ 研究情報の出典は、日経サイエンス2012年1月号です。
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