643.唐茄子屋に学ぶ(2013.11.04掲載)
まだ落語ビギナーだった数年前、寄席で古典落語の人情噺「唐茄子屋政談」を聞いたことがあった。 道楽三昧の若旦那が親族会議の結果勘当となり、食えずに行き倒れそうになっていたところで偶然叔父に出くわす。「仕入れてきた唐茄子を全部売ったら許してやる」と叔父に喝を入れられた若旦那。重い天秤棒にふらふらしながら多くの人の情けを受け、唐茄子は徐々に減っていくのだが…。 至高の話芸に引き込まれ、江戸落語の世界にどっぷり浸った40分。しかし、恥ずかしながら、最後まで唐茄子が「かぼちゃ」のことだとわからないままだった。ああ、情けない。学がないのは何とも哀しい。 さらに、翌日の読売新聞朝刊の「編集手帳」が追い打ちをかけた。その日は8月30日で「蚊の日」。偶然にも、「唐茄子屋政談」の中で叔父が若旦那をからかう一節を引用していたのだ。「こんなばか、蚊が刺すもんかい。こいつ刺しゃ、蚊がばかンなっちゃう」。 落語を知らなければ新聞も読めないというのか。落語って、インテリの趣味だったんだ。 ならばということで、江戸落語の世界をマスターすべく、当時の生活事情を勉強することにした。 唐茄子屋のように天秤棒かついで物を売り歩く職業を「棒手売(ぼてふり)」と呼び、だいたい1日の収入が7000円くらいで月収にして20万円。家族3人暮らしの場合、長屋の家賃が1万6000円で食費が4万6000円。 現代と似たようなものだが、大きく違うのは、薪や炭などの光熱費が9万円もかかっていたこと(炭は貴重品だった)。そして、何と言っても税金と社会保障費の支出がない。これは大きい。 趣味や娯楽の費用は、湯屋が120円で髪結床が480円と安い。浮世絵1枚が300円。そば1杯は240円だが、ゆで卵は1個300円と高い(当時の鶏はあまり卵を産まなかった)。驚きなのは、1か月もかかる江戸と京都の往復がたったの5400円。徒歩だからかな。 そして、歌舞伎観劇は今より高く、桟敷席で5万6000円。一生に一度の道楽だな。ただし、寄席は安くて720円。現在の鈴本演芸場は2800円。 昔も今も落語は庶民の娯楽。かしこまらずに楽しく落語世界にはまろうと思いつつ、かぼちゃの煮物をつつくのである。
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