791.鉄ちゃん(2016.10.17掲載)
血気盛んな若かりし頃、「リタイアしたら読みたい文庫本と観たいDVDをトランクいっぱいに詰めて、豪華客船で船旅に出たい」なんて偉そうなことをほざいていた。 文庫本を豪華客船に持ち込むことで日常と非日常が交錯する感じを味わってみたかったのだろうが、現時点の蓄財を鑑みるに、どう考えてもこの企画には予算的な無理がある。 ならば鉄道だろう。 晩秋の夕暮れ時、見知らぬ土地のローカル線にコトコト揺られ、インスピレーションを感じた駅でふらりと降りて路地裏を散策する。このまま迷子になってしまいそうな闇が、幼時、お仕置きで閉じ込められた実家の納屋やかくれんぼで取り残された神社の祠を想起させ、切なくなる。 泣きそうになって飛び込んだ赤ちょうちんの女将や常連客が妙に優しく、誰も自分のことを知らないこの街で1からリスタートする暮らしを想像してみる。鉄道には、そんな失踪願望を叶えてくれそうな匂いがあるんだ。 こんなおっさんの妄想を見事に表現した名文を、ある雑誌で見つけた。 飛行機は鳥の領域を、船は魚の領域に航跡を描く。 そこには非日常の世界が待っている。 鉄道は人間界を走る。人間が根を下ろした大地の上をひた走る。 ミニボトルと肴を窓際に置いたら、あとはボーッと窓の外を眺めていればよい。 草むす畦道に、家路を急ぐ小学生たち。 暮れかかる山あいに、点在する夕餉の明かり。 車窓には、出会うことのない誰かの日常が流れていく。 そして、ふと自分の日常に思いをはせた瞬間、旅人は自分が遠い非日常へとひた走っていることを知るのだ。 ああ、夜汽車で旅がしたくなった。人間界のただ中を、非日常へと走りたくなった。 鉄ちゃんになりきれない小生だが、「乗り鉄」を超越した「失踪鉄」をリタイア後の愉しみにする予定である。
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