846.広告の紙(2017.11.20掲載)
24歳と52歳の時、各々1年間の東京暮らしを経験したのだが、なぜかその時の出来事が異常なほど記憶に残っている。 刺激的な毎日だからインパクトが強くて忘れられないという理由もあるが、大都会の人混みが記憶力を向上させているのではないかという研究がある。 キーワードは「扁桃体」。大都市と小都市と田舎の被験者に標準的な心理ストレス試験を受けてもらい、その際の脳の活動状態を分析したところ、大都市住人の「扁桃体」がかなり活性化されていた。 別の研究で、パーソナルスペース(他人に近づかれると不快に感じる空間)を侵されると扁桃体が活性化することがわかっており、大都市の人混みで扁桃体がアクティブになることが示唆されたのだ。 そもそも扁桃体は快不快や好き嫌いを判断する部位で、記憶を担当しているのは隣にある「海馬」。ただ、日々飛び込んでくる膨大な情報から長期記憶候補を選び出し、大脳皮質に定着させているのが扁桃体の役目といえる。 好き嫌いを判断する扁桃体が海馬とリンクすることにより、記憶が定着する。好きな先生の授業の成績がよくなるのも、恥ずかしい記憶がなかなか消えないのも、扁桃体と海馬の連携で記憶定着力が向上したからである。 職場の寮で東京暮らしを楽しんでいた24歳の冬、毎日届く朝刊から裏の白い広告の紙を抜き出し、帰宅後はそれをノート代わりにして有機化学の独学に励んでいた。 そんなある日、掃除と洗濯をしてくれている寮のおばちゃんが全ての部屋にある裏の白い広告の紙を集め、紐でとじて一冊のノートにしてくれたのだ。 千枚通しで空けた穴を貫く茶色い麻ひもが今でも目に焼き付いて離れない。 ちょっとほろっとして、もっと勉強せねばと心に誓った。 人混みと人情のせいで長期記憶となった東京の思い出なのである。
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