994.食べ頃(2020.11.9掲載)
むかし、ある大学の研究グループが、リンゴの食べ頃が色の変化でわかる判定シートを発売したことがあった。 リンゴの成熟に伴い増加する植物ホルモン「エチレン」に注目し、エチレン濃度が高くなると黄色から青緑色に変化する色素を開発。1枚500円のシート状にして、贈答用リンゴへの同封需要を狙ったのだ。 売れなかった。 そりゃそうでしょ。リンゴが赤くなるのは、その色が食べごろだということを提示しているわけで、種子をできるだけ広範囲にばら撒くため、空を飛ぶ鳥からもわかる完熟の証として真紅の玉となるのだから。 人間だって動物である。 リンゴを手に取り、ずっしりとしたその重みとお尻まで色づく実りの色を見れば、自然と食欲はわいてくる。リンゴだけではない。カキやモモやブドウをスーパーで買う時だって、色や重さや皮の薄さから甘味を吟味するではないか。 そんな、動物の本能を退化させるような本末転倒商品が売れるわけない。 食べ頃といえば、デザイナーの深澤直人氏が無意識を意識する工業デザインの一例として、紅茶ティーバッグの手に持つ部分を紅茶色のプラスチック製リングにし、飲みごろの色見本とするアイディアを紹介していた。 カップ内のお湯が、リングと同じ色になるまでティーバッグを揺らせばいいという仕掛けだ。 これはいい。紅茶を入れる行為自体が楽しくなる。それに、そもそも紅茶の飲みごろなんて、貧乏長屋で番茶をすすって大きくなった私の本能にあるわけがなく、いくら五感を働かせても一生わからない。だから見本があると助かる。 ところで、食品メーカーが製造する加工食品にも食べ頃はあるのか…。 めんつゆや醤油は賞味期限ぎりぎりが一番おいしいといわれているが、メーカーの見解は決まっている。 賞味期間内すべてが食べ頃でございます。
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