「岸和田のカオルちゃん」
中場利一著 講談社文庫 定価533円 高校時代の先輩に、めちゃくちゃケンカが強く「圧倒的無敵者」と呼ばれる人がいた。その先輩、なぜか小学生向けのようなお茶目な自転車に乗っていて、顔の恐さと自転車のかわいさが微笑ましくもアンバランス。一度そのわけを聞いたことがある。 「どうしてそんな自転車に乗ってるんですか?」 「これ、おかしいやろ。笑えるやろ。笑われたらこれ幸い。そいつにケンカ売れるからな。ワシ、ケンカ好きなんや」 無敵者のセリフだった。 岸和田のカオルちゃんもそう。機動隊も道を譲るという「岸和田の最強男」カオルちゃんは、中場利一のデビュー作「岸和田少年愚連隊」から出てきたキャラクター。むかし流行った「嗚呼!花の応援団」の「青田赤道」みたいな人かな。チョンワチョンワ! 件の先輩、高校を卒業したら、今度はポンコツ軽自動車に乗り始めた。答えはわかっていたが、とりあえず聞いてみた。 「どうしてそんなボロ車に乗ってるんですか?」 「これカッコ悪いやろ。けど、カッコ悪いからこれ乗ってたらヤンキーがガン飛ばしてくれるんや。これ幸い。そいつとケンカや。ワシ、ケンカ好きなんや」 カオルちゃんもケンカ大好き。強きをくじき、弱きもくじく。老人や子供にも一律にケンカを売る平等主義者なのだ。 ということで、本書にはストーリーがない。国内最高レベルの危険地帯「岸和田」の日常を描いただけであり、カオルちゃんを観察しただけなのだから。だからつまらない。つまらないけど気持ちいい。つまり、小説ではなく、岸和田体験ツアーと思って読んでほしいのである。 読み終えてテレビをつけた。ナイター中継のカメラが、外野席のファンが掲げる「岸和田魂」なるボードをとらえた。 バッターボックスのあの人とカオルちゃんが重なった。
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