3. 我にツクシを (2001.01.20掲載)
我にツクシを ときどき実家で夕食を食べる。「あー、この味この味」。懐かしさはあるが、お袋の味ってやつは、世間で言うほどいい思い出ばかりじゃない。 特に我が家は、祖父母と同居していたという事情もあって人並み以上にトラディショナルなメニューが多く、おまけに外食の習慣なんかもなかったものだから、給食のメニューで初めてクリームシチューを口にしたときはかなり参った。 「なんだこれは」 全く味覚のデータベースにない味、香り、食感。カボチャの煮物にそのまま入っているガジガジのだし煮干しと対極をなす西洋の風。 「先生、食べられません」 まだ栄養強化に主眼がおかれていた当時の給食で、「おのこし」が許されるはずもなく、当然のようにポツリ放課後の食卓となった。涙も出なかった。 もちろん今は何の問題もなくクリームシチューを口にすることができるが、いかな高級フランス料理屋でも、喉元を通過するときには必ずあの光景がよみがえる。そして、誰にも気づかれないように暗い思い出をゴックン飲み込むのである。 いいこともある。祖父直伝のフィールドワークで、山菜系には強くなった。ツクシの繁殖域予測、イタドリとハライタの見分け方など、食糧難時代を生き抜いた知恵を実学で伝授してもらった。そういや、なぎら健壱氏がこんな話をしていた。食糧が底をついた貧乏時代、友人五人で出し合った千円を握りしめ「食べられる野草」なる本を買ったというのだ。いい話だ。 いまどきのコギャルからは、「これって草じゃん」と言われそうなツクシやイタドリであるが、君たちはツクシの卵とじを食べたことがあるのか。うまいぞ。「わたしたべちゃう」って言わせるぞ、コノヤロー。 お袋の味にはこんな悲哀のこもったメニューが多い。しかし、そういう影のある食卓を囲むことで、弱い者を思いやる気持ちや哀しい人を理解する心なんかが形成されるように思う。ハデハデのリッチな食卓だけで育ったいまの十代に、血まなこで野草を探す人の気持ちはわからないだろう。ま、それもしかたない。けど、ツクシの卵とじ、すごくおいしいよ。
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