6. 御徒町の玉子焼き (2001.02.26掲載)
御徒町駅南口を出て、バッタ臭い宝石商の建ち並ぶ路地を東に抜けると昭和通りと呼ばれる幹線道路に出る。首都高速一号線に空をふさがれてしまったこの通りであるが、リヤカーおじさんの背景にはもってこいのモノトーンである。 片側三車線、右折レーン二車線、もう片側三車線をダッシュで駆け抜けると、ダウンタウンの哀愁はより深くなり、地方出身者にも懐かしい空気が「肩の力を抜けよ」と語りかけてくる。 そんな路地裏の一角に居酒屋「てらもと」はある。恐妻に仕切られながらも人なつっこい笑顔で厨房を守るひげ面の主人は少しオカマっぽく、四畳半ほどの狭い店内にぴったりとはまっている。さながら、火曜サスペンス劇場で山小屋のあるじを演じる山谷初男のようでもある。 このおやじの作る玉子焼きがメチャクチャにうまい。塩か醤油を選択するが、ここは迷わず醤油。アツアツの焦げ目の中は半ジュク。お弁当の玉子焼きにも似たかあちゃんの懐かしさなんかもあったりして、これで三百円は安い。 その後、二百円の冷や奴をオーダー。背中を丸めたおやじがネギをたっぷりのっけて運んできてくれた。これにビール一本をあけて千円でおつり。乱立する競合店をかわす独自のコンセプトと低価格路線で、てらもとに客足の絶える日はない。 ネギといえば、この近くに「ネギー」というストレートなネーミングのネギスライサーを作っているところがある。てらもとを出て南へ二、三分。蔵前通りの近くに本社を構えるトウキョーハッピーという、これまた落ちないフォークボールのような社名を冠する機械メーカーである。 ほかに、ゴボウのささがきを作る「ササガキー」、キャベツの千切り機は「キャベツー」、だいこんおろしなら「オロシ」など、仮面ライダーの怪人になれそうなネーミングだがその性能は外食業界のお墨付き。 てらもとといい、トウキョーハッピーといい、かざらない姿勢とレベルの高い商品を提供する意気は、日本一の宝石問屋街を抱える御徒町の一側面である。 乗馬を許されない徒歩身分の武士にその名の由来を持つ御徒町。歴史の重みはこんなところにも名残を刻んでいた。
|
column menu
|