12. 無口な仕事師 (2001.04.09掲載)
前回かびを使うかつお節の発酵の話をし、もともとは保存性を向上させるための手法であったことを説明したが、スペースの関係で味や香りのことまで書けなかった。そこで香りの話。 かびによる発酵を行うと香りが上品になる。ふつう食品にかびが生えると上品どころかかび臭くなり、即座に捨ててしまう。みかん箱の中の「腐ったみかん」てやつだ。ところが、かつお節の場合はかび臭くならない。これが発酵と腐敗の違い。 荒節と呼ばれる煙でいぶしただけのかつお節は、いわゆるくん臭主体のやや刺激のある香り。薬品臭とまではいかないが多少鼻につく。これが発酵によってかどが取れ、上品な香りの枯節へと変化する。かつお節に繁殖したかびは、音や排煙を出すことなく、燃料も要求しないで、ひたすらこの作業をしてくれるのだ。 かびにとって、荒節の香りの本体であるくん煙成分は少々きつく、繁殖の妨げになる。そこで、臭いものにふたをするべく、くん煙成分にふたのようなものを付けて刺激を減らし、住み易くするのだ。かび自身が生活環境を良くするために形を変えたくん煙成分が、結果的に人間にとって上品ないい香りであったということになる。 しかし、この話は私が実験結果から勝手に想像して作ったもので、実際はそうじゃないかも知れない。けど、そういうことにさせてもらう。まるで、大相撲の力士インタビューみたいだ。インタビュアーの、「土俵際で左上手を取った時にいけると思いましたか?」の問いに、「うっす」と答えただけで翌日の朝刊には、富士桜(ちょっと古いが私のひいきだった)の話:「土俵際で左上手を取った時にいけると思ったね」と載ってしまう。本当は、「ちがうよ、麒麟児が勝手に滑ったんだ」と言 いたかったのかも知れないが、そんな気持ちはインタビュアーのおせっかいにかき消されてしまう。 とするとかびも、「そんなつもりでやってるんじゃねえよ」と言いたいのかも知れない。いやいや、もしかしたらこんなべらんめぇ調の語り口じゃなく、もっとじめじめした感じかも知れない。黴雨(ばいう)や黴菌(ばいきん)という単語に利用される黴(かび)だけに、世間のイメージだと喋り方も暗いはず。 けど、いろいろとおせっかいを焼いてしまうんだから、力士もかびも、無口な仕事師はかっこいい。
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