18. 粘着ローラー (2001.05.21掲載)
不倫ドラマのお決まりのシーンに、夫が出勤した後、妻がワイシャツを洗濯機の中に入れようとして、ボタンにからまった女モノの髪の毛を見つける、というやつがある。明らかに自分のモノとは違う髪の毛を手にする苦悩の顔がアップになり、ナニゲに出勤する夫の姿をはさみながらCMに入るというパターンである。 不倫ドラマにおける一本の髪の毛は、これから展開する泥仕合を予感させるにふさわしい、ビビッドな小道具なのだ。 ところが、私のような食品業界に身を置く者にとって、髪の毛から連想することといえばそんな気の利いた色恋沙汰ではなく、髪の毛−異物−クレームとつながる、どちらかといえば地味なパターンの世界なのである。それだけに、商品に髪の毛という「異物」が混入し、お客様からお小言を頂戴することのないよう最大限の注意を払う。髪の毛は、食品にとって最も身近で、最も注意しなければならない異物なのだ。 しかし、よく考えてみると「異物」という言葉は変な単語だ。ちゃんと辞書にも載っているし、どこかの業界で日常的に使用されるサカサマ読みでも短縮語でもない、れっきとした日本語なのだが、普通の生活の場で使用されることはほとんどない。せいぜい、コンタクトレンズ装着時にゴミやホコリが目に入り、「異物感がする」と言う程度だろう。まぁ、靴に石ころが入ったくらいで、「異物が入った」と言うやつは気持ち悪いか。 とにかく「異物」という単語は、正統派の日本語でありながら、食品業界での使用頻度が極端に多い、いわばトラディッショナルな業界用語なのだ。 この、「異物」の代表格である髪の毛の商品への混入を未然に防ぐため、工場に入る際に「粘着ローラー」による作業着の掃除を義務付けているところが多い。「粘着ローラー」とは、ガムテープのネバネバの面を表側にしたようなもので、原始的ではあるが、これを作業着の上で転がすと、結構髪の毛やゴミなどが引っ付いてくる。 それならオレもということで、不倫帰りの玄関前で、「粘着ローラー」を転がすオヤジが出現するか。けど甘いっ。オネエちゃんの髪の毛という異物混入クレームは、そんなことで防げるほど甘くはないのだ。
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