32. 真ん中の席 (2001.08.27掲載)
出張でよく飛行機を利用する。出発時間ぎりぎりでチェックインすることの多いわれわれ出張族は窓際の席には座れず、たいてい通路側の席となる。通路側ならまだいい。込んでいる便に乗ると三列ならびの真ん中の席になってしまい、捕らわれた宇宙人よろしく両側の他人に挟まれた状態で、リラックスすることを放棄しなければならない。 こんな時でも、スッチーは容赦なく事務的な作り笑いでいつものように攻めてくる。左右どちらの通路から来るスッチーのコーヒーを取ればいいのかちょっとだけドキドキしながら機内誌を読むふりをしていると、左側の通路に立つスッチーから「お飲物いかがですか」という声が飛んでくる。そして、差し出されたコーヒーに手を伸ばして一息ついた時には、もう真ん中の席の肘あては両側に座るそれぞれの人の右手と左 手に占拠されてしまう。自分の両肘に帰る場所はない。そして、小さくへならえをするように両肩をすぼめながら、次に配られてきた朝食のサンドイッチを食べる。 このサンドイッチほど真ん中の席にふさわしい食べ物はない。挟まれてるからサンドイッチだろって?甘いっ。そんな安直な発想ではない。サンドイッチの中に使われているマヨネーズこそが、真ん中の席を象徴するものなのだ。 マヨネーズの物性上の特徴は、酢の中に油が乳化しているエマルジョンと呼ばれるスタイル。しかし、ただ酢と油を一緒にしただけではいくら混ぜても分離してしまい、乳化することはない。ここに卵黄(厳密には卵黄に含まれるレシチンという物質)という乳化剤の存在を得て、初めてエマルジョンを形成するのである。 つまり、真ん中の席は、スッチーという乳化剤の力を借りて両側の席の中に乳化しなければならない存在なのだ。とはいうものの、他人と乳化することにはどうも抵抗があり、何食わぬ顔で肘あてに乗せられた他人の腕が再びそこから離れる瞬間を虎視眈々とねらう。 食事をしながらも、こんなくだらない陣取りゲームに気合いを入れなければならないのが真ん中の席なのである。
|
column menu
|