35. 手帳 (2001.09.10掲載)
手帳ほど、いつものやつじゃないと困るものはない。 スーツの胸ポケットにピタッと収まり、すぐに必要なページを開くことができ、スケジュールやアドレスをたっぷりと書き込むことができるやつ。数年かかってたどり着いたお気に入りだ。 なじみの料理屋で、今日こそは新しいメニューをと決意しながら、結局いつもの定番をオーダーしてしまうのと同じで、「来年は別の手帳に変えようかな」てな浮気心は五分ともたない。 もちろん、わたしの愛用はシステム手帳じゃなく、毎年買い換えるシンプルなもの。でっかいカバンから辞書のような分厚いシステム手帳を取り出し、せわしげにパラパラとそれをめくるビジネスマンを見ていると、何をそんなに書き込むことがあるのだろうと思ってしまう。 まぁ、いろいろ事情はあると思うが、とにかく手帳なんだから、ポケットに入るサイズに情報を閉じ込めてこそ意味があり、閉じ込める過程で情報は取捨選択され、要点が明確になるのだ。 「毎年、住所録を書き写すのが面倒だろう」って?いやいや、面倒どころか、書き写す時に、この一年間全く使わなかった住所なんかが整理され、自分の交遊関係が再確認できる。住所録が、人脈のエッセンスとなるわけだ。 それ以上に、「毎年買い換える」ということの意義は大きい。真っ白な手帳が、どのような言葉で埋まっていくのか、文字で一杯になるのか、絵か、それとも人名か。それこそがその一年の軌跡であり、蓄積されていくものでもあるからだ。 いつもの手帳だけど真新しい手帳。ときどき色違いなんかで気分転換をしながら、肌身はなさず身につける様は、さながらお守りのようである。 そして、交換を目前にした手帳の十二月中旬のスケジュール欄に、「手帳を買いに行く」と書き込む時、心の中は、新品のいつもの手帳と新年の計画で一杯になるのである。
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