45.キヨサン(2001.11.26掲載)
以前このコラムの「カフェイン」の項で、「化合物にはあやしい響きの単語が多く、アセトアルデヒド、オカラミン、オカダサン、スカトール等々、それぞれ背負っているモノがある」と書いたところ、友人の岡田さんから、「オカダサンの背負っているモノってなに?」とのメールをいただいた。 オカダサンはある種の貝毒で正式にはオカダ酸。一見悪役であるが、細胞の自殺「アポトーシス」を促進する働きもあって、抗がん剤としての効果も期待されている。背負っているモノはとても大きい。ちなみにオカダ酸は岡田さんという生物学者が発見した海綿(自らの名前を冠している)から得られた化合物である。 こんなふうに、新しく発見した化合物、化学反応、生物種なんかに自分の名前を入れるのは、まさに研究者の夢である。コメットハンターが星の名付け親にならんとして夜ごと銀河に思いをはせるように…。しかし、新規化合物の場合は、それが存在している素材の名前を付ける場合がほとんどである。たとえば、ヒノキの抗菌成分はヒノキチオール、ショウガの辛味成分はショウガオール、タデの苦味成分はタデナール、等々。 そこで、化学者としてどうしても私が取り出して名前を付けたい化合物がある。それは、ジャイアンツの清原選手に存在しているはずの「少年の心化合物」。いつまでもやんちゃな野球少年にはきっと「少年の心化合物」があるはずである。本当は高度な理論と驚異的な練習量に裏付けされたライトヒッティングであるが、「右打ちは気合いや」で野球道を極めてしまった清原選手。不動産には目もくれず度胸千両の岸和田魂で邁進する氏の笑顔には、純粋に好きで野球を始めた頃の少年の輝きがある。 私はそれにあやかりたい。論文や特許の競争に明け暮れ、利害と損得にまみれてしまったマッドサイエンティストの垢を少年の心化合物で洗い流し、ワクワクドキドキ試験管を手にした昔日の躍動感を取り戻したい。 もし晴れてこの化合物が取り出せた日にゃ、命名させてもらいますぞ。 少年の心化合物「キヨサン」と。
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