73.W杯見られます(2002.06.17掲載)
初めて落語を聞きに行った。有楽町の国際フォーラムで春風亭小朝独演会。ネタは、古典の中でもかなりメジャーな2題。丁稚奉公に出ていた息子がやぶ入りで実家に帰り、親孝行に貯めたお金を悪いお金と誤解されてしまう泣かせ話の「やぶ入り」。十六文のそばの勘定を一文ずつ数え、途中で「いま何時だい?へい九つです」のやりとりで一文ごまかす「時そば」。 プロの話芸に酔いしれた3500円を、私は安いと思った。たった一人の出演者だが、至高の芸は、総勢30人の12000円のお芝居にも勝るファンタジーだった。 で、そばを食べる芸を見たせいで盛りそばが食べたくなり、レトロな若旦那気分で神田界隈を散策。淡路町には総本家の「藪そば」があり、須田町には「まつや」がある。どちらも戦禍を免れた大正時代の普請であり、時そばの世界に浸ったままでいられるのだ。 個人的に好きな藪そばへ。せいろ3枚と「天たね」と呼ばれる小えびのかき揚げをつまみ、ビール1本付けて3500円。ちょっと高いが味は最高。つゆのだしはかつお節とさば節のかび付け品で、濃いだしながら雑味がない。そして、ヒゲタ醤油をベースに配合した「かえし」を寝かせ、だしと合わせるのだが、だし、醤油、みりん、酒、砂糖などの素材が個性を主張せず、バランス良くコクを出している。どの風味も前に出ないのが関東風らしい。 腹ごなしに店を出て少し歩くと、意外にもうどん屋を発見。店頭に「そばもやっています」の張り紙。商売っ気を出したPOPかと思いきや、そばアレルギーの人に対する、「うどんと同じ釜でそばを茹でていますので、そばのアレルゲンがうどんに混入している可能性があります」というメッセージらしい。現代の食事情を反映した難しい話だが、新作落語のネタにはいいかもしれない。 しばらく歩くと、別のおそばやさんで今度はとてもわかりやすい張り紙を発見した。「W杯見られます」。「ら」を抜かなかった律儀さに感服しつつ、明日はここで遅いランチかなと考えた。
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