79.熱きコークハイの夜(2002.07.29掲載)
飲み屋の水割りほど味気ないものはない。バランタインだとかシーバスリーガルだとか外見ばかり偉そうに主張して、これまた偉そうなおねえちゃんのお仕着せ笑顔とともに「どうぞ」。これなら20年前に舐めた、1本800円そこそこのレッドやニッカで作ったコークハイの方がはるかに値打ちがある。記憶の樽の中で熟成されたコークハイは、青春の蹉跌というスパイスを得て不動のポジションを確立しているのだ。 あの甘苦い味、ほろ苦い日々…。 文化祭の打ち上げでコークハイ。路上で警官尋問を受け、「飲んでません」と言いながらゲロを吐き、文字通りゲロってしまった高1の秋。 総体の打ち上げでコークハイ。部室で放送部と合コンしたまではよかったが、マドンナDJが飲み過ぎでひっくり返り全員お縄。なぜか10日間のプレ夏休みをいただいた高2の夏。 運動会の打ち上げでコークハイ。二日酔いで保健室に行き、アイドル先生に語った「コークハイ10杯いっちゃったぜ」との強がりが職員室に筒抜け。「きれいな花にはトゲがある」ことを学んだ高3の秋。 水っぽい水割りにこんな熱い想い出があるかい? せいぜい接待の失敗談が関の山。とはいうものの、接待の水割りは琥珀色の偽善であり、社会のウミを溶かす緩衝液。会食で気疲れした体にはちょうどいい薄さなのかもしれない。ま、必要悪ということにしておこう。 そんな夜のクラブ活動にかり出された先週、場末の飲み屋で私の実家近くに住むという20歳年下のおねえちゃんと遭遇した。接客の間隙を縫って懐かしき町内ネタが弾み、思わずコークハイを飲み始めた直後、次の一言で一気に酔いが醒めた。 「○○のおばちゃんにはずいぶんお世話になりました」 「…」 そのおばちゃんとは、私の母親のことである。 やはりコークハイの夜は熱い。
|
column menu
|