88.当たり(2002.10.07掲載)
先日、くじに当たった。いにしえの駄菓子屋くじから一攫千金宝くじに至るまで、とにかくハズレを引き続けてきたくじ運なき私が、である。 それは、全日空羽田行き便で出張した時のこと。ゲートに搭乗券を通過させた瞬間、ピンポーンと半券に星マーク。 「おめでとうございまーす。タクシーチケット10,000円分が当たりましたー」 「おぉ、10,000円!」 感涙にむせびながら係員に話を聞くと、10月1日から12月31日の間、全日空羽田着便利用者の中から5万人にタクシー券が当たる、総額5億円の大盤振る舞いらしい。けど、1便につき2、3人の確率というから駄菓子屋の当たりより難しいぞ。 そして、興奮さめやらぬ頭でモノレールに乗り込み、ふと考えた。 私は、人間が一生で使える運の絶対量は、みな同じであると常々思っている。ただ幸運なだけな人は知らない間に運を切り崩していて、ここ一番という時の運の在庫に不安がある。一方、努力を重ねて栄光をつかんだ人は努力した分だけ運を温存しているから、絶体絶命の時に運を使って切り抜けることができる。とくに研究もせず、たまたま買った宝くじで億単位の金を手にした人が人生を踏みはずす話、よくあるではないか。 とすると、私はたかだか10,000円のタクシー券のために幾ばくかの運を浪費したことになる。うっ、これはやばい。 てことで、因果関係はよくわからないが、10,000円分同僚にごちそうして、何とか運を貯金しようと考えた。 目指すは麻布十番、創業二百年の総本家更科堀井。いろいろそば屋は食べ歩いたが、更科だけは行ってなかった。これで、江戸前そばの三流派、「藪、砂場、更科」を全て制覇。 「香りの強い藪そばもいいけど、色白の更科もいいね」 「盛りそばは藪、かけそばは更科だな」 なんて江戸っ子気取りであるが、ほんとに更科のかけそばはおいしかった。枯節のかつお風味がほんわかと効いて、3週間寝かせたという「煮かえし」との相性も完璧。 そば湯を飲んで店を出て、しばらく歩くと麻布に不似合いな金券ショップを偶然見つけた。げげっ、これも運か。 タクシー券換金の誘惑を振り切り、ちょっとだけ運を貯金した夕暮れ時であった。
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