1048.傘の修理屋(2021.12.6掲載)
小学4年生のある日のこと、通学用の黄色い傘が壊れ、母に新品をおねだりしたことがあった。 傍らで聞いていた父に「もったいない」とぶん殴られ、商店街の片隅で乳母車1台を店舗に営業する傘の修理屋に連れて行かれた。 壊れた傘は修理して使う時代だった。 他に、包丁の研ぎ屋、キセル修理のラオ屋(羅宇屋)など、職人的アフターサービスが昭和の循環型社会を支えていた。 そして消費社会の昨今、ある研究機関が消費者モニター4000人を対象に、「アフターサービス満足度が高い企業」というアンケート調査を実施した。修理や問い合わせへの対応力、好感度が対象となった。 テレビは東芝、エアコンはパナソニック、カメラはニコンの評価が高かったが、上位企業の共通点として「正確さ」「スピード対応」「低料金」という王道以外に、「窓口との会話が楽しい」という意外な付加価値が報告されていた。 カメラの修理担当者とレンズ談義に花が咲き、故障のトラブルが丸く収まったという話、けっこう多いらしい。 これって昭和じゃないか。人と関わることが煩わしいというデジタル世代も、意外とコミュニケーションに飢えているのかもしれない。 とすると、食品業界もアフターサービスの一環として対面でクレームや相談を受け付ける必要があるのではないか。 野菜ソムリエや魚博士がスーパーに常駐し、レシピや栄養相談に応じれば原産地表示やアレルゲン談義で盛り上がりクレームが穏便解決、というメリットもあったりして…。 いまでも、時々あの傘の修理屋のことを思い出す。乳母車を前にして静かに客を待つ姿は見事に背景に溶け込んでおり、雑踏に紛れる孤高の占い師のようでもあった。 傘の修理でメシが食えるのかなどと無粋な詮索をする人などいない、旧き良き時代だったのである。
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