1054.エーデルワイス(2022.1.24掲載)
今から40年前の高校2年の冬、卒業する3年生を送る予餞会で教員代表としてうだつの上がらない定年前の英語教師「ヤマハゲ」が体育館のステージに上がった。 いつもうつむき加減のボソボソ声で講義をするヤマハゲは生徒全員から無視され、授業はいつも崩壊状態。それでも声を荒らげることなく教科書を読むヤマハゲは哀れですらあった。 そのヤマハゲが1人マイクの前に立ったのだ。 場内はざわついたが、ヤマハゲは表情一つ変えずマイクの前に歩み寄り、驚くべき珠玉のクリスタルボイスで「エーデルワイス」を歌った。 体育鬼教官がいくら「静かにしろ」と叫んでも収まらなかった私語がぴたりと止まり、会場はステージの一点に集中した。 歌のことなんか全くわからないヤンキーボーイたちがポカンと口を開けてヤマハゲを見つめている。目を閉じるとアルプスの白い花が浮かび、胸は感動でいっぱい、息が苦しくなった。歌声に目頭を熱くしたのは初めての経験だった。ヤマハゲが「サウドオブミュージック」のトラップ大佐に見えた。 そして、ブラボーの拍手で体育館が一つになった…。 卒業後、エーデルワイス事件の感動を伝えたくて、ヤマハゲの家を訪ねたことがある。意外にもヤマハゲは独身で、「10年前からスイスに凝っている」と言って、エーデルワイスの次に好きだというスイスの国民的鍋料理、チーズフォンデュをこしらえてくれた。 固くて匂いの強いグリュイエールチーズと穴ぼこだらけのエメンタールチーズを細かくすり下ろし、あたためた白ワインに溶かす。コーンスターチをキルシェに溶いたものを加えてできあがり。 「このフランスパンをこうやって長いフォークに刺して、チーズをからめて食べるんだ」 「へぇー、すごい料理知ってんだね、センセイ」 初めての味。そして、定年教師のおしゃれなスイス趣味。カッコいいと思った。若き日の悪行とあの日の態度を恥じた。 人を外見で判断してはいけないことを学び、フォンデュのおかげでちょっぴり大人になれた気がした二十の夜であった。
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