1115.極限の日々(2023.4.10掲載)
極限環境微生物という研究領域がある。 100℃の高温、1000気圧の高圧、20%の塩分、手が溶けるほどの強アルカリなど、過酷な環境下でたくましく生きる微生物に光を当て、その潜在能力を産業に活かそうという学問である。 例えば火山の火口近く、100℃の土壌中に成育する微生物には耐熱性があり、この微生物から取り出した酵素もまた熱に強い。通常は60℃前後で力を失ってしまう酵素が100℃で使えるメリットは大きいのだ。 最も有名な極限エピソードに、「こえだめ分解酵素」の話がある。 ある研究者が、アルカリ環境下で繊維を分解する微生物を発見した。その微生物から繊維分解酵素を取りだし、なんと、「こえだめ」という極限に利用することを考えたのだ。 当時は水洗トイレがなく、こえだめ内容物の強固な繊維質が回収の妨げとなっていた。アンモニアが充満し、アルカリ状態のこえだめでの活躍を酵素に託した研究だったが、技術が完成した頃には水洗トイレが普及して日の目を見ることはなかった。 しかし、そこは極限に耐えてきた酵素。10年間という潜伏期間を経て、1987年に家庭用洗剤に配合され堂々デビューしたのだ。繊維をやわらかくして隙間汚れを落とす酵素パワーのコンパクト洗剤。極限環境を生き抜き、こえだめで辛酸を舐め、10年を凌いだ果ての春なのである。 洗剤用酵素の成功以来、すわ宝の山ということで極限環境微生物探しが盛んになった。温泉土壌、海底火山、果ては「しんかい6500」を利用した深海探索。火星もありかな。 しかし、である。ただ、キワモノを探せばいいというものではないように思う。極限環境で暮らす微生物が、極限まで追いつめられた研究者の手で、極限状態に置かれる。 成果とは、そんなギリギリの攻防の果てに得られるものなのだ。 まずは、極限の日々に身を置くことから始めようと思うのである。
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