1178.大黒柱(2024.7.8掲載)
昭和レトロブームで、新しい家具や柱を黒光りさせて古く見せる加工屋さんが大いそがしだという。 アンティークフィニッシュとか、エイジングとか呼ばれる手法らしいが、京都桂離宮の再建では、屋根裏にたまった400年前のホコリを硫酸と共に柱に塗り込み、失われた時を取り戻した。 街に出ると、そんな昭和を小ぎれいにまとめた、ポストモダンの食べ物屋さんが大にぎわいである。 味のレベルは総じて低いが、「隠れ家的」「和のおもてなし」などのコピーにつられた若者たちが、「なんかほっとする」とか「どこかなつかしい」などのふざけたセリフを吐いて浮かれている。 私はちっともなつかしくなんかない。 ひなびたレトロ調の家具や、たそがれた古障子なんかに囲まれると、昔の貧乏時代を思い出して、悲しく苦しくなってしまう。 昭和40年代を過ごした生家を取り壊す時だって、「こんな粗末な家に住んでいたのか」という悲しい感想が口をついただけだった。 ロバのパンのテーマソングが「チンカラリンロン」とこだました暗い路地裏。 スポンジでできた目張りで、すきま風を防いだ斜め障子。 北東の角までギシギシ廊下を夜ごとホラーな冒険行だったおばけトイレ。 想い出は時に美化され記憶の中ではポストモダンな輝きを放っているが、現実は、暗い土壁とぎりぎりの暮らしばかりが目について、悲しかった。 昭和レトロブームに水を差すつもりはないし、隠れ家で浮かれる若人たちがうらやましいのでもない。しかし、とにかく、昭和はすごかったんだ。 こんな風にセンチメンタルしていたら、居合わせた友人がつぶやいた。 「そんなのましだよ。ウチの大黒柱は河川敷のリアルな木だったんだから」
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