121.潮風のミルクキャラメル(2003.06.03掲載)
幼少の頃、夏休みになると母の実家がある瀬戸内のとある小島に帰省していた。そこは島全体が会社だった。明治時代に住友金属鉱山が銅の精錬を目的として拓いたこの島は、700戸の社宅とともに小中学校、郵便局、病院、銭湯、劇場、生協などがひしめく住友村だった。 一労働者だった祖父の社宅は5世帯が連なる長屋の一角にあり、部屋は六畳二間で台所は土間。トイレは共同だった。不便この上ない島のくらしだったが、コミュニティーのすべてを閉じこめた空間は、イッツ・ア・スモールワールド。キラキラ輝く朝焼けの海とともに始まるアドベンチャーな日々は、今も胸に焼き付いて離れない。 日が暮れてからはいつも祖父にくっついていた。昔かたぎの祖父は、あぐらを組んで、キセルをふかし、日本酒をちびり。当時いつも思っていたことがある。「大人になったらあぐらが組めるようになって、タバコが旨くなって、酒が飲めるようになるに違いない」。35年後、あぐらは組めず、タバコも吸わず、酒におぼれるわたし。 そんな祖父が住友生協でいつも買ってくれたのが、14粒入り30円の森永ミルクキャラメル。泳ぎに行くとキャラメル包装を解き、なぜか海に漬けて食べさせてくれた。「そのままだと乳臭いからな」。絶対そのままの方がおいしいと思った。 島でのほのぼの暮らしは昭和51年の工場閉鎖とともに終焉を迎える。社宅も学校も銭湯も生協も、工場があったればこそ。祖父も島を離れた。ミルクキャラメルは10粒入りで60円になっていた。 瀬戸内に咲いた経済成長のあだ花。いま、あの島を思い、12粒入り100円のミルクキャラメルをほおばる。ちょっとだけ潮味が効いているような気がするのである。
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