131.天神様(2003.08.11掲載)
本体のほんの一部にしか存在しない、プレミアムな味というものがある。横綱あられに2、3枚入っているえび満月とか、ごはんのおこげとか、えび頭の味噌とか。お金さえ出せばたいていのものが食べられる飽食ニッポンにおいて、お金を出せない人でも平等に味わえるささやかな悦び。その部分だけ集めた商品もあるにはあるが、片想いが成就したとたんにパワーダウンするようなもので、「もっとほしい」と思えばこその味なのである。 そんな片想い食品の日本代表として、私は梅干しの天神様を推挙したい。梅干しの種を割ると出てくる白くて柔らかい核。仁とも呼ばれるそれは、植物学的には胚乳かな。 夕食時、毎日梅干しを食べていた父は、まな板の上で種を割り、私に天神様を食べさせてくれた。「これがうまいんだ」。赤い梅干しから出てくる白い天神様は子供心に神秘的であり、あの柔らかさもまた妖しかった。 しかし、である。天神様にはアミグダリンと呼ばれる青酸配糖体が、かなり多く含まれているらしい。青梅中毒で悪名高い青酸である。げげっ、「天神様を25〜50g食べると生命の危険がある」なんて記述もあるぞ。「梅の種の中には神様がいらっしゃるので食べてはいけない」と親に言われて育った知人もいた。それを毎日食べていた私。アミグダリンでナムアミダブツになるところだった。 アミグダリンは、ブドウ糖とベンズアルデヒドと青酸が結合したものであり、このままの状態だと毒性はない。ブドウ糖を切り離す酵素であるグルコシダーゼが働いて、初めて青酸が発生するのだ。とすると、私はこの酵素が働かなかったのか、それとも単に食べた量が少なかっただけの問題か…。 いま、女性の間で梅干しがブームらしく、有楽町の梅干し専門店「うめ八」も大にぎわい。けど、天神様には要注意。天神様の細道は、行きはよいよい帰りは怖い、ですよ。
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