182.一葉のしわ(2004.8.20掲載)
財務省は8月13日の官報で、11月1日から新しいデザインの紙幣を発行すると告示した。千円札が野口英世、五千円札が樋口一葉で一万円札は福沢諭吉のまま。 当初は今年の7月ごろ発行する予定だったらしいが、五千円札の原版作りが難航し、発行が延期されていたのだ。原版作家を悩ませたのは、樋口一葉のしわの少なさ。24歳で亡くなった樋口一葉の顔はつるつる。しかし、偽造防止のためにはできるだけ多くしわを彫り込みたい。そんな矛盾の解決にかなりの時間を要したわけだ。 実際、20年前のデザイン変更時には、顔にしわがないという理由で樋口一葉の採用が見送られている。20年かけて、彫り込んでもしわが目立たない彫金技術が確立し、一度あきらめた樋口一葉をお札に採用することができたのだ。 同様に20年かけてしわ消し市場を確立した商品がある。ご存知「ボトックス」。20年前の熊本からしレンコン事件で有名になったボツリヌス菌毒素を顔面に注射し、その神経麻痺作用でしわを消してしまうのだ。この応用はすごい。逆転の発想とは、こういうことを言うのである。 フグ毒テトロドトキシンも、細胞内でのナトリウムの受け渡しを阻害するという毒性を応用し、最先端の医療研究の場で試薬として使用されているが、ボツリヌス菌毒素の比ではない。こちとら駅前プチ整形で一本5万円。青酸カリの1000万倍という史上最強の天然毒を気軽に利用できるのだ。 毒をもってしわを制し、しわをもって偽札を制す。 欲望の輪廻は、なんとも摩訶不思議なのである。
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