320.與兵衛と又左のお酢マーケティング(2007.5.21掲載)
財団法人食品産業センターの柳本正勝氏が、JAS協会の機関誌に「酢酸が酸味を代表する不思議さ」というエッセイを寄稿している(2007年4月号)。 酸味といえばお酢の主成分である酢酸がすぐに思い浮かぶが、元来、酢酸は自然界にはほとんど存在しないもの。古来、日本人が酸味料として利用してきた梅や柑橘類の酸味はクエン酸なのである。また、古い時代のすしは魚を米飯に漬けて乳酸発酵した「なれずし」であり、この酸味は乳酸。 甘味、旨味、塩から味などが自然界に豊富に存在する物質に由来しているのに対し、酸味の生い立ちがあまりに不自然だというのが柳本氏の持論である。 たしかにそうである。 人が管理しないとつくれない酢酸が、なぜ酸味の代表格になったのか。なぜクエン酸や乳酸はメジャーになれなかったのか。 私は、花屋與兵衛と中野又左右衛門によるマーケティング戦略が奏効した結果だと考える。 花屋與兵衛は江戸時代の後期(19世紀前半)に握りずしを考案し、世に広めた江戸前ずしの元祖。仕込みに半年前後を要する従来のなれずしに代わり、屋台で手軽に味わえる握りずしをヒットさせた。與兵衛のアイディアが江戸っ子気質にはまったのである。 この握りずしに欠かせないお酢を酒粕からつくり、江戸に供給したのが尾張の中野又左右衛門。ミツカンの創業者である。もともとは酒を製造していたのだが、酒づくりの禁忌である酢酸発酵に敢えて挑戦し、握りずしにかけたのだ。 花屋與兵衛の先見の明と中野又左右衛門の発酵技術がコラボした、江戸時代の外食革命。酸味=酢酸という現代人の味覚は、この時に形成されたのではないかと私は考える。 現代の食品業界でも、ミツカンはマーケティング戦略に長けた企業ということで高く評価されており、現当主の中埜又左ヱ門氏が創業者の意気を受け継いでいる。 時代の味を創る。 これも尾張の底力なのかと考える今日この頃である。
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