345.かつぶし(2007.11.19掲載)
11月7日付の読売新聞編集手帳で、かつぶしの真髄が家族の愛情に絡めて紹介されていた。 それは、日米開戦の直前に「ゾルゲ事件」首謀者のひとりとして逮捕、処刑された、評論家の尾崎秀実氏と家族とのやりとり。 尾崎氏の逮捕で収入が途絶え、蓄えを食いつぶす暮らしを13歳の娘が心細がり、「かつぶしを削るやうだ」とつぶやく。氏は拘置所から、心配するなと手紙を書いた。 「かつぶしを削ってそのだしをすつかり吸収してくれればいゝのです。一日一日を元気で勉強して育つてゆけば、かつぶしの役目は立派に果たされるのです」 思えば、子をもつ親とは「かつぶし」かも知れない。心身を削り、だしの風味と栄養が子の行く末に助けとなることを祈りつつ、やがて消えていく。…と編集手帳の作者は締める。 すばらしい。かつぶし賛歌、かつぶしエレジー、いや、かつぶしオマージュである。ここまで美しくかつぶしを語った文章を、私は知らない。 調子に乗ってマニアックな補足をすると、身を削って風味と栄養をだしに捧げたかつぶしは、半量の水でもう一度2番だしを引かれた後、醤油と砂糖で佃煮に、乾燥してふりかけに加工される。親の愛情同様、常に脇役ながら無駄な部分がないのがかつぶしなのである。 このようなかつぶしの利用度の高さは、食べ残し率の高い和食の世界では貴重。外食産業の食べ残し率は平均3.1%だが、和食は4.3%とお残しが多いのだ(中華2.9%、焼肉2.4%)。刺身のつまや魚の骨を残すからかな。 捨てるところなしのかつぶし。おいしく食べるコツは削ってすぐ食べること。あつあつ卵かけごはんの上に、削りたてのかつぶしと醤油。 けど、削ってもすぐには伝わらないのが親の愛情なんだな。 そんなことを考えながら、今日もかつぶし風味に浸るのである。
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