386.オフクロノアジジャネート(2008.09.16掲載)
食の嗜好は年齢とともに変わる。自身、40歳を過ぎたあたりから、急激に和食化傾向が進んだような気がする。 特になすと大根。 夏は焼きなす、冬は煮大根。これがなきゃ始まらない。どちらも手間のかかる料理だから、ここぞとばかりに外食時に食べる。食卓の主役だったあの頃は、全く理解できない大人の味だったのに…。 「あちちあちち」指を耳たぶで冷やしながら焼きなすの皮をむく。「ぐつぐつぐつ」煮大根のだし汁をお玉にとって味見をする。40歳になってわかる大人の味は、こんな母親の後ろ姿とともに味覚細胞に刷り込まれていたのか。 幼児期における味の刷り込みは、京都大学の伏木先生らによって研究されている。 伏木先生によると、離乳前後にだしの効いた食事を与えると、かつおだしの香りが刷り込まれるというのだ。うま味ではなく香りが刷り込まれるという点が重要で、海外出張帰りの関空で自然とうどん屋に吸い寄せられるのは、かつおだしの香りに脳が反応するからである。 では、なすと大根は? 当然ながら、データは全くない。しかも、40歳にならないと発現しない刷り込みなんてあるのだろうか。あの頃嫌いだった大根の辛味が、40歳になって好きでたまらなくなるという現象はどう理解すればいいのか。 もしかして、刷り込まれたのは味ではなく台所の風景ではないか。母親の後ろ姿に対するオマージュが、味の嗜好を変えさせたのではないか。 大人になって好きになった大根の辛味は、イソチオシアネート類と呼ばれる化合物であるが、科学的に説明のつかない嗜好の変化もいろいろあると思う。 そんな現象を、オフクロノアジジャネートと命名することにしたのである。
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