407.御誂染長寿小紋(2009.2.16掲載)
江戸時代の黄表紙と呼ばれる小説に、山東京伝が書いて喜多川歌麿が挿絵をそえた「御誂染長寿小紋(おんあつらえぞめちょうじゅこもん)」という名作がある(享和2年・1802年刊行)。 内容は、命を大切にするための心構えを駄洒落と戯画でまとめた養生訓。平均寿命が40歳前後と推測される江戸時代、長寿の秘訣に関する洒落本が民衆に受け入れられたことは想像に難くない。 命を縮めたり伸ばしたり、棒に振ったり選択したり削ったり…。 この中で、酒で命を削ることを、かつお節を削る行為になぞらえていたのが興味深い。 「酒といふ奴は人の命を削る小刀なり。故に酒を飲むことをけづるといふ。鰹節の痩せるも削る故なり。楊子の細くなるも削る故なり。松板の薄くなるも削る故なり。鰹節も楊子も松板も掛替あり。人の命には掛替なし。削つただけは埋まる事なし。」 削って細ってもかつお節なら買い替えればいいが、命の替わりはないと警告している。自らの身を削って料理の脇役に徹するかつお節に哀愁を感じ、自身をなぞらえたのかもしれない。 ならば、もう少し掘り下げてみてはどうか。 冷蔵庫がなかった江戸時代のかつお節は、常温でも日持ちのする枯節が主流。荒節にかびを繁殖させた枯節は、かびの力で風味が上品になると同時に保存性も向上するのだ。 枯節の製法が確立したのは江戸元禄期である。かびに表面を覆われるという一見不健康な状況になりながら、偶然をチャンスに変え、腐敗を発酵に昇華させた江戸人。この江戸気質を洒落本に込めるなら、「枯れても腐るな」とでもいうべきか。 加齢とともに肌つやが消え、頭髪は涼しく、声もしわがれてくる。つまり、全身枯れてくる。しかし、枯れることで熟年の渋さが生まれ、いぶし銀の光を放つ。無駄を廃し、エネルギーを温存する「枯れ状態」は、生物学的にも正しい長寿への選択なのだ。 ただし、腐ってはいけない。いじけてもいけない。あきらめるなど言語道断。発酵の力で半年かけて枯れたかつお節の断面が飴色に光るように、逆境をプラスに変える前向きな者のみ、人生の輝きを享受できるのだ。 半年間熟成された枯節のだしが黄金色に輝くことを、山東京伝に教えてあげたいと思うのである。
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