436.亀の子束子とフエキのり(2009.9.14掲載)
亀の子束子(かめのこたわし)には思い出がある。 中学1年の担任が超スパルタで、教育の一環として木造校舎の黒光りする廊下を亀の子束子を使って磨かされたのだ。しかも自分の教室の前だけ。 1人1個ずつ渡された亀の子束子で木製廊下をごしごし削り、1日かけて無垢の白を取り戻した。となりの教室の前は黒光りのままだったから、かなり違和感があった。 いまだに教育的意義は不明だし、担任の意図もわからない。すぐに手が出る暴力教師だったから、恐くて目的を聞くこともできなかった。 1907年に西尾正左衛門氏の手によって開発された亀の子束子は、従来のワラを束ねた縄状の「たわし」を一掃する画期的な特許商品だった。 縦10センチ、横8センチ、厚さ5センチという発売当初からほとんど変わらないサイズは、西尾氏の妻・やすの手の大きさに合わせて決められたらしいが、中学坊主の手に焼き付いたその感触は、今も心に引っかかる手のひらサイズの不条理なのである。 フエキのりにも思い出がある。 廊下ごしごし事件の10年前、幼稚園の工作の時間にフエキのりをなくしてしまい、担任の叱責を浴びた。「のりに足が生えてるわけないでしょ、自分でどこかに置き忘れたのよ」。 フエキのりは、1895年に日本初の腐らないのりとして不易糊工業が発売した画期的商品だった。ただ、当初はデンプンの防腐剤としてホルマリンを使用していたらしく、安全性を考慮して途中から配合を変えた。ホルマリンを抜く改良に17年かかった。 幼稚園児の頃ときどき舐めていたフエキのりは、どっちのタイプだったのかな。先生に叱られたからか、ホルマリンのせいかよくわからないが、フエキのりの味は少し苦かったように思う。 亀の子束子もフエキのりも100年以上続く長寿商品だけに、さまざまなシーンで多くの人の心に深く入り込んでいるに違いない。 切なさを磨いたり、思い出をくっつけたりする商品なのだから。
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