479.香りの記憶(2010.7.20掲載)
最近、香りをビジネスに活用して売り上げを伸ばす事例が急増しており、香気成分を主な研究テーマとしてきた小生も、フィールドが拡がった感じがしてなんだか嬉しい。 例えば、昨年銀座に国内初出店となった米国カジュアル衣料のアバクロンビー&フィッチ。店内には同社の香水「フィアース」の甘い香りが漂い、非日常の浮かれ気分を演出して購買へといざなう。ホノルル空港のトロピカルな香りでテンションが上がるのと同じだな。 また、「除菌」「殺菌」「無臭」「消臭」というマイナスを排除するお題目が主流だった生活用品も、洗濯柔軟剤「レノア」や「ダウニー」のヒットで香りの付加価値を前面に押し出すようになった。レノア派、ダウニー派の派閥争い必至の模様。 自動車業界も香りに手を染めた。日産の新型「フーガ」は、エアコンから緑の香りと香木の香りが交互に間欠的に流れる「フォレストエアコン」を装備し、運転時の快適さを追求した。空になった香料タンクの補充を誰かがしてくれると、さらに快適だね。 こんな「香りマーケティング戦略」の成功事例だが、食品の世界では昔から香りを十分利用してきた。 土用の昼下がりにうなぎ屋から漂う蒲焼きのにおい。初秋の仕事帰りにコンビニのレジ横で感じる味染みおでんのにおい。師走のたそがれ時に木枯らしが運んでくる焼き芋のにおい。あぁ〜、食べたい。 ところで、香りと購買行動についての研究で知られる早稲田大学恩蔵直人教授によると、香りは五感の中で最も記憶との結びつきが強い刺激らしく、1997年の調査では、特定の香りをかいだことによって何らかの記憶がよみがえった経験のある消費者が69.9%にも及んだらしい。 なるほど、香りの記憶は色褪せないんだ。 色褪せなかったことが災いした事例を思い出した。それは、さいたま市の鉄道博物館。「レムフ10000」という昔の貨物車両の展示で、往時、水産物を運んでいた頃の魚臭さや床の油のにおいを香料で再現したら大不評。 人には、よみがえらせたくない記憶もあるのだと思った。 ================================================================ 香り情報の出典は、「Fole」2010年7月号です。
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