486.後味と遠鳴り(2010.9.13掲載)
和食の世界で「高級」とされる店に共通する味の傾向は、「後味」である。 料理を口にした瞬間、素材の旨味が舌先に届き、その後、じわーっとだし感が口中に広がり後味が持続する。 そのためにはいい素材を使い、まろやかな枯節のだしを効かせて薄味に仕上げなければならない。いい素材も枯節も値が張る。だから「高級」になってしまう。 対して、「リーズナブル」な店の傾向は「前味」である。旨味の弱い素材をカバーするため調味料をがっつり使ってパンチを出し、濃い味付けでだしの弱さをカバーする。ジャンクな味だが、これはこれでおいしい。 楽器の世界でこれに似た傾向を見つけた。「高価=遠鳴り」である。 月刊「化学」2010年8月号で、バイオリンの名器ストラディバリウスの音の秘密を科学的に解明していたのだが、数十万円と数億円の値の違いは「遠鳴り」の有無に現れるらしい。 後ろの客席まで十分音が届くが、演奏家の耳元ではさほどうるさくなく弾きやすい。これが遠鳴り。現代の名工が寸分違わぬレプリカを作っても名器の遠鳴りは再現できないから、音の秘密は構造ではなく材料ということになる。 材料は木とニス。平均気温が低く、年輪の詰まった密度の濃い1700年代の木にニスを塗ることで、楽器が劣化することなく半世紀以上かけて徐々に音質が改善される。名工と銘木とニスが奏でる数億円の音、時代の音。再現できるはずもない。 うーん、サントリーホールの最後列でバイオリンの音が目の前に聴こえるのは、ホールの良さと遠鳴りのおかげだったのか。ならば、地方公演の音が物足りないのはホールのせいだけではなく、遠鳴りしない安い楽器を遠征に携えたからか。 後味と遠鳴り。料理と音楽という異なる世界ではあるが、コストのかけ方において何となく共通するキーワードなのである。 ================================================================ アントニオ・ストラディバリ氏はイタリア出身です(1644〜1737)。
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