487.オサムシトラップ(2010.9.21掲載)
先日、秋祭りの打ち合わせのために実家を訪ねたら、「久々に作るから予行演習だ」と言って、母がちらし寿司の酢飯を仕込んでいた。懐かしい匂いがした。幼時より、秋祭りには必ず栗入りのちらし寿司だった。 祭りの前夜、硬めに炊いたご飯を木桶に入れ、ちりめんだしを効かせた寿司酢をかけて手早く混ぜる。うちわで扇ぐのが子供の役で、ふわっと立ち上る酢の香りが祭りの高揚感を後押ししてくれた。 記憶のランドマークとしては最高の情景であるが、酢飯は、ご飯の炊き方や酢の加減で味が大きく変わってしまう主婦泣かせの料理。母も結構苦労したのではないか。 昭和38年、この酢飯作りの手間を解消するために世に出たのがタマノイ酢の粉末寿司酢「すしのこ」。世界で初めて食酢の粉末化に成功した画期的新商品で、「パッとふりかけサッとまぜ、ハイおいしいすし御飯」というキャッチコピーとともに若い主婦世帯に浸透していった。 祖父母と同居していた我が実家でそんなショートカットが許されるはずもなく、「すしのこ」が台所に登場することはなかったが、後年、意外な用途でこの商品を手にすることになった。 昆虫マニアにとっての定番種オサムシを捕獲する際に、「すしのこ」を使用したのだ。内側がつるつるの紙コップに「すしのこ」を入れて地中に埋めると、肉食のオサムシが酸っぱい匂いに吸い寄せられてトラップにかかる。都会の大学で昆虫を研究していた友人に頼まれ、紙コップごとオサムシを供出した。 昆虫のことはよくわからないが、手塚治虫先生の「治虫」の由来になるくらいだから、昆虫界におけるオサムシの地位はかなり高いに違いない。そのオサムシを吸い寄せるのだから、「すしのこ」もあなどれない。 実家の酢飯に吸い寄せられ、オサムシ気分の秋の夕暮れであった。 ================================================================ すしのこ情報の出典は、NTTコムウェア「ニッポン・ロングセラー考」です。
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