495.走り、盛り、名残(2010.11.15掲載)
毎年初冬に地元百貨店で開催される北海道展で、タラバガニを買うことを恒例としている。その場で茹でるため解凍時のドリップがなく、旬の味が満載されているからだ。 食材が旬を迎えておいしくなる理由はさまざまだが、カニの場合は苦味系のアミノ酸(アルギニン等)が減り、甘味系のアミノ酸(グリシン、アラニン等)が増えるから。他に、自身の凍結を防ぐために生成する糖質が旨味につながる白菜や、海水温の低下とともに脂が乗ってくるサンマやブリの事例が有名である。 もちろん、旬には栄養価も高くなる。冬のほうれん草やブロッコリーのビタミンCは、夏の2〜3倍に増えるのだ。 人は旬の食材を取り込むことで四季の変化に対応し、厳冬猛暑に負けないパワーを蓄える。旬のおいしさは、体調を維持するために造物主があつらえたマーカーといえるのである。 ところで、旬には「走り」「盛り」「名残」という3段階の呼び名がある。 出始めが「走り」。味も栄養価も未熟だが、初物に飛びつく江戸っ子が初鰹に命をかけた「粋」がそこにはある。 最盛期が「盛り」。お手頃価格で旨味もたっぷり。ただし、巷に溢れて誰もが食するこの時期に目新しさはない。 なごり惜しい終盤が「名残」。今期はどれだけ口にしたかと総括しつつ、次の季節に思いを馳せるのである。 この3段階、なんだかアイドルタレントの軌跡に似ている。誰も注目していないデビュー当初から応援していたファンは、メジャーになると少し距離を置き、売れが鈍るとまた戻ってくる。競争熾烈なアイドルの旬も移ろうのだ。 先日、知人が「名残ハモ」を調理してくれた。産卵を終えて食欲が増し、「盛り」より脂の乗ったハモはまた絶品。2度目の旬といってもいい。 名残アイドルが意外と輝くのも、同じ理屈かもしれないと思った。 ================================================================ 旬情報の出典は「フレンドリーコミュニケーション」2010年8・9月号です。
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