504.渡り廊下の悪魔(2011.1.24掲載)
朝の冷え込みが厳しくなると、決まって脳裏を去来する思い出がある。 今から35年前の中学1年の冬、担任T先生のスパルタ指導で、我が1年10組だけ毎朝吹きっさらしの渡り廊下の雑巾がけをやらされていたのだ。 水たまりも凍る極寒の朝7時、完全な屋外である渡り廊下を濡れ雑巾で拭くと拭いた後から「凍結」し、雑巾がけの足がすべって空回りするという漫画のような状態になった。寒くて辛い修行だった。 ある朝、その日は校舎の新築工事でダンプカーが渡り廊下を通過する予定になっていたため、「先生、どうせ汚れるから今朝の雑巾がけ中止にしましょう」と直訴したことがあった。グーで殴られた。「過去の汚れを落とすのが掃除なんだ。明日汗をかくからといって、今日風呂に入らないやつはいない。それと同じで、これから汚れるかどうかは関係ないんだ」と。 トイレには神様がいるというが、渡り廊下にいたのは悪魔だった。 このスパルタ教師の犠牲者は数多くいるが、最も不条理だったのはフェルマータをのばしすぎたM君である。 T先生の担当である音楽の授業で、音符記号の意味を歌で学ぶ「速さの変わる歌」を合唱したのだが、「のばすしるしはフェルマータ〜」のくだりでM君1人だけフェルマータをのばしすぎてしまった。「いまフェルマータのばしたのは誰だっ」とピアノの鍵盤を思いっきり叩いた後、T先生はM君の顔面に跳び蹴りを喰らわせた。 M君の教科書が血で染まった。もちろん、M君は音楽が嫌いになった。 あれから35年、渡り廊下のポジティブトラウマで、真冬の早朝にクルマを洗車することが快感になってしまった。 凍結した洗車の水に足をすべらせながら週末の早朝6時にクルマを磨く私の奇行を見て、洗車場のオーナーが声をかけてきた。 「せっかく洗っても、午後の降水確率100%ですよ」 「過去の汚れを落とすのが洗車なんです。明日汗をかくからといって、今日風呂に入らないやつはいないでしょ。それと同じで、これから雨が降るかどうかは関係ないんです」 寒中の水仕事が苦にならないのはT先生のおかげ。そしてM君は、楽譜を見る度に不条理な痛みに襲われるのである。 ================================================================ センチメンタルジャーニーにおつきあいいただき恐縮です。
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