525.においの記憶(2011.6.20掲載)
においには、無意識のうちに刷り込まれる「潜在的記憶」というものがある。 生まれた時から日常的に特定のにおいに接することで付帯情報が記憶され、成人後に「好きなにおい」としてその記憶が引き出される。山で育った人間は一生森のにおいに反応するのだ。 そんな潜在的記憶の検証事例をいくつか紹介する。 「日本の海辺」 ワカサギと茎ワカメを切って水に浸した溶液のにおいを嗅ぐと、海辺で育った人は「磯や海苔のにおい」と好意に受け止めるのに対し、内陸部で育った人は「腐敗、下水のにおい」と不快に感じるケースが多い。 「ドイツの粉ミルク」 平均年齢29歳のドイツ人133人に対し、普通のケチャップとバニラ香料入りのケチャップのどちらを選ぶか実験し、同時に乳児期に母乳と粉ミルクのどちらで育ったかを質問した。ドイツの粉ミルクはバニラを着香した商品が多いらしく、粉ミルク育ちの66.7%がバニラ入りケチャップを選んだ(母乳育ちでバニラ選択は29.1%)。 「アメリカのシリアル」 アメリカで妊娠後期の母親に3週間ニンジンジュースを飲ませ、生まれた子供がプレーンなシリアルとニンジンフレーバーのシリアルのどちらを好むか実験したところ、ニンジンシリアルを選んで食べた量の方が多かった(62%)。母親がニンジンジュースを飲まなかった群では子供の嗜好に差が出なかったことから、胎内を通じてにおいが記憶されていたことが示唆された。 「わたしのオレンジジュース」 幼時、商店街の一番にぎやかな場所に設置されていた噴水式のオレンジジュースが飲みたくてしかたなかった。紙コップ1杯10円なのに、母親は「家に帰って麦茶飲みなさい」と言って買ってくれなかった。以来、あの人工的なオレンジフレーバーに接するたびに切なくなってしまう。 このように、日常生活の中で無意識のうちに蓄積された記憶が、食やにおいの嗜好形成に大いに影響していることは間違いない。もしかすると、その嗜好から自身のルーツを探ることができるかもしれない。 これからは、もっとにおいに敏感になろう。そして、においというタイムマシンに乗ろうではないか。 ================================================================ におい情報の出典は、FFIジャーナル2011年第2号です。
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