532.チョコレート(2011.8.8掲載)
日本の伝統食品は、その多くが発酵食品である。 味噌、醤油、酒、みりん、納豆、鮒寿司、かつお節…。たまたま微生物に侵されてしまった貴重な食材を捨てずになんとか活用したいという日本人の知恵と、それを後押しした温暖湿潤気候。 このような文化人類学的背景の帰結として、稲藁に包んだ煮豆が藁の菌で納豆になり、江戸に下したかつお節にかびが生えて枯節になったのである。 だから、発酵食品は緻密で粘り強くてちょっとだけアバウトな日本人の得意技だと思っていた。 しかし、である。熱帯地方にも世界に広がる発酵食品があったのだ。 それは、チョコレート。 厳密にはカカオ豆の発酵が灼熱の赤道直下で行われているのである。恥ずかしながらチョコレートが発酵食品だとは知らなかった。しかも熱帯地方での発酵。無知を反省しつつ、発酵過程を紹介させてもらう。 まず、ラグビーボール大のカカオの実「カカオポッド」から、カカオ豆とパルプを取り出す。この時使用するナイフや農民の手、発酵設備の木箱とそれを覆うバナナの葉などに発酵菌(酵母、乳酸菌、酢酸菌)が常在していて、パルプの糖分を栄養源として4〜7日間程度の発酵が進行する。 発酵の目的は、香り付け、色付け(発酵前のカカオ豆は白い)、渋味と苦味の除去などであるが、チョコレートメーカーの研究者をして「デタラメ」と言わしめた熱帯地域のいい加減な発酵で、最終商品が規格内に収まるのは神業ではないか。ちなみに、発酵以降の工程は気温が高すぎるとチョコレートが溶けてしまうため、温帯地方でしか行えない。 そもそも発酵は目に見えない微生物の仕事であり、所詮はブラックボックスで謎に包まれた工程である。しかし、それをコントロールして安全な加工食品に仕上げ、食卓に提供するのがメーカーの仕事。デタラメはまずいが、ある程度のアバウトを受け入れる鷹揚さがないと、発酵食品は扱えない。 ちょっとビターなチョコレートをかじりながら、はるか熱帯の微生物に思いを馳せた次第である。 ================================================================ チョコレート情報の出典は、「化学と生物」2011年8月号です。 来週は夏休みをいただきまして、次回配信は8月22日とさせていただきます。
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