537.培養肉(2011.9.20掲載)
分析機器で有名な堀場製作所の創業者堀場雅夫氏が、雑誌「Fole」の対談で戦時下の地獄を次のように語っている(2011年9月号)。 「国が極限まで窮したことが本当にわかるのは、街から犬が消えたときです。終戦間際も、牛、馬、豚、鶏がなくなり、最後に犬が消えました。…その二ヵ月後に日本は降伏した」 堀場氏はこの辛苦を復興の糧にして、事業を成功へと導いた。 舞台は遙か南方へ飛んで、大戦下のインドネシア。日本軍捕虜収容所で強制労働に従事させられていたオランダ人ヴァン・エーレンは、当時の空腹をこう振り返る。 「間抜けな野犬が鉄条網を越えて入ってこようものなら、捕虜たちはとびかかって犬を引き裂き、生で食べたものだ」 ヴァン・エーレンはこの飢えを起点に、培養肉の生産研究に生涯を捧げた。細胞培養で食肉を得ることができれば、動物を飼育したり殺したりせずに食肉が増産でき、2002年から2050年にかけて倍増すると予想される世界の食肉消費量に対応できるのだ。 そして、培養肉が成功すれば地球への負担も軽減できる。 2006年の国連食糧農業機関の報告によれば、畜産業は人間活動に伴う温室効果ガス排出量全体の17.8%を占めており、これは全世界の輸送部門による排出量より多い。また、凍土を除く土地の30%が家畜の放牧と家畜飼料の栽培に使われているから、この土地も有効活用できる。 培養肉の製造理論はこうだ。 まず、家畜から採取した「胚性肝細胞(ES細胞)」を培養液中で増殖させる。 その後筋肉に分化させ、最後に「鍛えて」大きくして完成。理論上は10個の細胞から2ヶ月で5万トンの肉が作れるという。 しかし、研究はうまく進行していない。ちょっと安心した。培養肉はなんとなく気味が悪い。気味が悪いと避けていられるうちは、やっぱり平和なのか。 堀場氏とヴァン・エーレンはくしくも同じ87歳。 犬がタンパク源という地獄を経験した先達からすれば、後世を憂う平和ボケ、飽食ボケ日本に違いないと思うのである。 ================================================================ 培養肉情報の出典は、日経サイエンス2011年9月号です。
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