545.祖父母のちから(2011.11.14掲載)
物心ついた時から9月1日は実家で大宴会が催されていた。 その日は、祖父が「関東大震災で大学の校門の下敷きになりながら奇跡的に生還した」記念日であり、一族の生誕にかかわる復活祭でもあった。 今でこそ「防災の日」が定着した9月1日であるが、祖父母と同居していたおかげで、地震対策は幼時より繰り返し刷り込まれてきたのだ。 祖父母と同居するメリットは他にもたくさんある。 多忙な両親に代わって、躾や道徳や人間力を穏やかに伝授してくれる。近所に住むあぶないアル中おじさんのかわし方、食べられる野草の見分け方、明日の天気の読み方だって祖父譲りだ。 そして、自然と身についた祖父母との距離感は、高齢者に対するケアや会話のノウハウとして今も役に立っている。 こんな同居のメリットが人類の進化に影響を及ぼしていたという壮大な学説を、セントラル・ミシガン大学のカスパーリ博士が発表した。 300万年にわたる数百個体の歯の化石を分析した結果(臼歯の摩耗で年齢を推定)、アウストラロピテクスやネアンデルタール人などの旧人類では、祖父母となりうる年齢まで生きることはまれであることがわかった。祖父母という存在が一般的になったのは、わずか3万年前から。家庭内に年長者が存在することで道具や芸術が発展し、結果、知恵のある現生人類が旧人類に打ち勝ったというのだ。 また、スウェーデン・ストックホルム大学のストリムリング博士らは「ある文化が掟や伝統を継承していくには反復が不可欠だ。多世代の家族では重要な教えを繰り返したたき込んでくれるメンバーも多い」と語っている。 親がヒステリックに口にする教訓より、じっくり何度も語る長老の教えの方が説得力があるということだ。 人類の進化にじいちゃん、ばあちゃんが絡んでいるとは驚きであるが、センチメンタルジャーニーに浸ってばかりはいられない。もうじき自身が祖父母の年齢となってしまうのだ。 人類の進化と身体の退化が交錯する秋の夕暮れであった。 ================================================================ 進化情報の出典は、日経サイエンス2011年12月号です。
|
column menu
|