583.トラウマの消去(2012.8.27掲載)
人には誰でも消したい記憶というものがある。 例えば高校2年のサッカー部夏合宿。下手くそながら一生懸命ゴールキーパーの練習に精を出していた私は、監督の「おまえのセービングは芋虫の悶絶みたいだ」という叱責にかなりへこんだ。絶対に忘れない悔しい記憶となった。 芋虫になった記憶ならまだいい。ベトナム戦争の記憶でPTSDに苦しむ退役兵たちは、恐怖の記憶を消す薬を待ち望んでいるに違いない。 そんな記憶を操作して苦痛を和らげる最新の研究成果を紹介する。 ZIP…ある目印の場所に来ると電気ショックを受ける装置の中で、ZIPという薬を海馬に注射されたラットは目印を恐れなくなる。「目印=電気ショック」という記憶が消されたのだ。ただ、嫌な記憶だけを選択的に消すことができないのがZIPの欠点。 高校2年の記憶が全て消えるのは嫌だな。 プロプラノロール…人が恐怖を感じた時はノルアドレナリンが放出され、事実と感情がセットになって数時間のうちに嫌な記憶が定着してしまう。そこで、恐怖を感じた直後にノルアドレナリン阻害薬のプロプラノロールを摂取すると、大事件がありふれた記憶に変化するらしい。これはまだ実験途上。 想い出の芋虫はどうなるのだろう。 記憶の書き換え…昔の記憶は、意識に上るたびに変わり得ることがわかってきた。「在りし日の己を愛するために 想い出は美しくあるのさ」という桑田佳祐さんの「明日晴れるかな」の歌詞のように、想い出は時間とともに美化される。薬に頼らず記憶を上書きする心理療法が研究されているのだ。 屈辱の悶絶芋虫が、かわいいイモムシ君になればいいな。 以上3点、トラウマを克服する最新研究である。 そう言われてみれば、盆暮れの旧知の集いで出てくる昔話が、回を重ねる毎におもしろくなっている。 サッカー部の合宿ネタも、毎回持ち出して美化してもらおうと思うのである。
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