595.業の肯定(2012.11.19掲載)
初めてテレビドラマのDVDを買った。今年の1月7日と14日に放送されたNHKの土曜ドラマスペシャル「とんび」である。 オンエアを見て、さらに再放送まで見て感動の余韻に浸っていた矢先、モンテカルロテレビ祭の最優秀作品賞と東京ドラマアウォードの優秀賞を受賞したというニュースが入り、すわ大変と通販サイトをクリックしたのだ。 ドラマは昭和37年から昭和63年頃の瀬戸内が舞台。シングルファーザーとなった父親と長男が、商店街の飲み仲間や寺の住職に見守られながら共に成長していく「昭和」なストーリー。 昭和のTBSドラマ、「肝っ玉母さん」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」等に通ずるドタバタを盛り込みつつ、しんみり泣かせてくれる小生と全く同世代のドラマだった。原作者の重松清氏も同い年だし、ほんとうによかった。 ふと、この昭和感は落語の人情話にも通じる感覚だと思い、鈴本演芸場の木戸をくぐった。トリは柳家さん喬師匠の「幾代餅」。 …吉原の花魁、幾代太夫を錦絵で見た清蔵は恋煩いで食事も喉を通らない。心配した親方が、一年間まじめに働いたら太夫に会わせてやると約束。これを信じた清蔵は一年間必死に働き、その一途さに感動した親方が着物を貸して醤油問屋の若旦那に仕立て上げ、幾代太夫に会わせた。翌朝、今度いつ来てくれるのと問う幾代太夫に、清蔵が嘘をついていたことを詫びると… 親子の情愛話と職人の風俗通いを同列で扱うのはどうかと思われるかも知れないが、これが同列になるところが落語の不思議世界。まさに、生前の立川談志師匠が「落語とは人間の業の肯定」と語っていた通り、武士も町人も篤志家も盗賊も、登場人物の全てが肯定されているところが落語の妙。 そういう意味で、「とんび」もクセのある登場人物の全てが愛おしく肯定されていた。落語の長屋のような商店街、血気盛んな暴れん坊の父親、なまぐさ坊主、娘を捨てた居酒屋の女将。 昭和と江戸がたびたび取り上げられるのは、単なるノスタルジーだけではないと思うのである。
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