599.きなこボールと呼ばれる日(2012.12.17掲載)
三越の中に入っているパン屋さん「ジョアン」の「あべかわドーナツ」が大好きだった。 握りこぶし大の球状で表面はサクサク、中はモチモチ。きなこをまぶして大納言をちりばめ、ほんのり塩味が絶妙な、あべかわ餅のようなおいしいパンだった。 個人的に、ネーミングは「きなこボール」の方がぴったりだと思い、「きなこボールの焼き上がりは何時ですか?」とよく店員さんに尋ねていた。さすがに毎週のように連呼すると、店員さんも合わせてくれるようになった。 「はい、きなこボールは3時の焼き上がりです」 日本のパンは世界一おいしいといわれているが、パン創世記の古代文明におけるパンの味はどうだったのだろう。 まず、パンとビールが食生活に欠かせなかった古代エジプト(紀元前3000年頃〜紀元前30年)。ナイル川の恵みの麦を2つの発酵食品に昇華させた。パンの発酵は、古代エジプトが最初らしい。 発酵技術に関しては、ワイン醸造に長けた古代ギリシャ(紀元前2000年頃〜5世紀頃)の方が上。政治討論の場となったワインとパンの饗宴「シンポジオン」は、シンポジウムの語源にもなった。 そして、今とほとんど変わらない製パン技術でおいしいパンを食べていたのが古代ローマ(紀元前6世紀初め頃〜476年)。ヴェスヴィオ火山の噴火で姿を消したポンペイの町でも、多くのパン屋の遺跡が発掘されている。 古代パンに思いを馳せていたら「きなこボール」が食べたくなったが、残念ながら現在は販売を中止している。たぶん、手間がかかる割に売り上げが悪かったのだろう。 あきらめきれずに売場に電話してみた。 「きなこボール再開の予定はありますか?」 「今のところ予定しておりません」 復活の日、値札に「きなこボール105円」と記されることを夢に描く今日この頃である。
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