601.木下謙次郎(2013.1.7掲載)
2013年は職場や知人、親戚関係の結婚ラッシュであり、合計6件の祝宴でスピーチを頼まれている。 万人受けしつつも、新郎新婦の心に残る祝辞を6件ひねり出すのは容易なことではなく、もちろん親族席がフリーズする下ネタも禁忌。やむなく定番の「3つの袋」で勘弁してもらうという無難な展開になるかもしれない。 3つの袋は、ご存知「胃袋、お袋、堪忍袋」。おいしい家庭料理と親孝行と辛抱が夫婦生活の要諦という教訓であり、これにオプションとして給料袋、ゴミ袋、玉袋(下ネタか)等が用意されている。ここで欠かせないのはやはり胃袋。とにかく胃袋を惚れさせろということなのだ。 話は変わるが、明治から大正にかけての政治家で美食家の木下謙次郎も、自著「美味求真」で「おいしいものを食べさせておけば、天下の人心も静穏に赴くに相違ない」と語っている。胃袋が落ち着かないと国家もまとまらない。 この大ベストセラー「美味求真」に、木下謙次郎自身の調理経験と料理哲学から生み出された「料理の通則」が3つ記されている。 その1.時ならざれば食わず 各食材の旬を知り、一番よい状態で食べること。動物の場合、繁殖期の直前が一番おいしい。魚、鳥、獣がおいしいのは晩冬から早春。 その2.割く正しからざれば食わず 食材の扱いで一番重要なのは割くことで、ウナギは縦に長く、肉は横に薄く、松茸は縦に、ネギは斜めに、なますは薄く、煮物はなるべく大きく割く。 その3.その醤を得ざれば食わず 食材を煮たり、焼いたりして調理し、うまい塩梅で味付けすること。「なますも吸物も煮物も醤を得さしめて味の加減と真実をあらわさんとす」。 なるほど、ならばこの通則を披露宴のスピーチにアレンジするか。 時ならざれば触れず(お互い機嫌の悪い時は近づかない)、割く時間は家族のため(結婚したら自分の時間などない)、賞与を得ざれば食わず(賞与が出た時はおいしい物を食べよう)。 木下謙次郎翁が納得してくれれば幸いである。
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