607.卵が先か薬が先か(2013.2.18掲載)
幼少の頃、母親に「卵を食べ過ぎるとハゲる」と脅され、卵は1日1個と心に決めていた。 そして今日、卵のコレステロール含量が高いことがよく話題に上り、「成人男性のコレステロール摂取量目安が1日750mg未満だから、1個あたり214mgのコレステロールを含む卵は1日1〜2個が適量では」という結論に落ち着いている。 卵と薄毛の因果関係は未だに不明だが、半世紀前にコレステロールを恐れていたとすれば、かなり進んだ脅しだったと思う。 確かに卵はコレステロール含量が高い。しかし、この高コレステロールのおかげで、日本発のコレステロール低下薬「プラバスタチン(商品名メバロチン)」が開発された話は意外と知られていない。 1973年、三共製薬の遠藤博士は青かびの一種からコレステロールの合成を阻害する物質を発見したのだが、翌年から始めたラットに対する薬効評価試験でラットの血清コレステロールが全く下がらない。当時、「ラットに効かない薬はヒトにも効かない」という考えが常識的で、研究は3年間停滞した。 1976年、くすぶっていた博士が小料理屋でふとひらめいた。「雌のニワトリは雄と同じ餌を食べているが、コレステロールを多く含む卵を毎日産む。つまり、雌鶏の体内では大量のコレステロールが合成されているわけで、これを実験系に使えば検証できるはずだ」と。 はたして、青かびから抽出した物質は雌鶏のコレステロールを下げた。続くビーグル犬での実験も成功。安全性を考慮した軌道修正に時間を要したが、1984年に臨床試験を開始し、1989年に晴れて発売となったのである。 日経メディカルが2010年に実施した医師1000人に対するアンケートで、プラバスタチンは「医療を変えた革新的薬剤ベスト10」の1位に輝き、「高コレステロール血症に対するペニシリン」という二つ名を冠するまでになった。 卵の高コレステロールが、コレステロール低下薬の開発を成功に導いたのだ。 なんだか、因果応報の感があるエピソードだが、遠藤博士のひらめきと執念に敬意を表する次第である。
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