638.ハイブリッド日本史(2013.9.30掲載)
数学が得意という性質は遺伝しないが、歴史向きの脳は遺伝するという研究論文を見たことがある。 その論文を検証するかのように、歴史好きの祖父と父の影響で私も歴史が得意になった。ちなみに、数学が得意な父の遺伝子を継承できなかった点も、論文通りだったが…。 中学高校と一貫して日本史に精を出し、高3の春には理系コースながら「日本史で身を立てたい」などという世間知らずな妄想を口にするようになった。 当然、進路指導で教官に一喝されるも納得いかず、「隠れ文系」を貫いた。 そして秋、その教官が殺し文句を繰り出してきた。 「あんた、歴史が一番好きかもしれんけど、一番好きなものは趣味にして二番目に好きな科目に進んだらええ。好きなスポーツのことが毎日の部活で嫌いになる人がいるように、仕事にしたら歴史のこと嫌いになるよ」 高3坊主を説得するには十分すぎるトークに感銘を受け、私は二番目に好きな化学でメシを食う道に転向したのだった。 あれから30年。ここ最近、化学の力で古代史の謎に迫るというハイブリッドな学問が脚光を浴びており、好きな歴史を生業にできなかった理系人に、もう一度夢を見させてくれる時がやってきた。 例えば、奈良県にある3世紀頃の纒向(まきむく)遺跡から出土した布製品の絹タンパクを抽出し、そのアミノ酸配列から蚕の出自を探る。そして、花粉の分析から当時の環境を再現しつつ、Spring−8による放射光蛍光分析で、三角縁神獣鏡の来歴をひもとき、DNA鑑定で当時のイネの品種を推察するのだ。 纒向遺跡は邪馬台国畿内説の中心にある有力候補地。最先端の分析手法で邪馬台国の謎に迫り、古文書を解読するように分析データを読んでいくのである。 あとは、卑弥呼の墓といわれる箸墓古墳。これまで宮内庁の陵墓指定により立ち入り禁止だったが、今年2月にはじめて調査が行われた。今後、化学の力でどこまで邪馬台国に近づけるのか。 歴史オタクの化学人が嬉々として遺跡に対峙する時代がやってきたのである。
|
column menu
|