662.テーブルマナー(2014.3.24掲載)
学生時代、フランス料理のテーブルマナー講師助手という大それたバイトをやっていた。 対象はほとんどが高校3年生で、社会に出る前に最低限のマナーを身につけるという主旨。当然、メインのひな壇には立派なマナー先生が鎮座しており、われわれ小僧は各テーブルに張り付く個別指導係である。 事前の研修で、トークのツボや高校生のくすぐりネタを伝授され、もちろんナイフフォークの使いこなし実習も受けて、本番に臨む。 たとえばテーブル上の配置で、2番目に使うスープスプーンが最も右端に置かれている理由は、「料理の始まりはスープから」という定義ゆえ。最初に出てくるオードブルは「作品の外」という意味で、来客の時間調整を起源とする番外料理。だからオードブル用ナイフフォークの配置は外側から2番目、と高校生に語る。 けど、こんな講釈聞いちゃいないだろうな。 そして、最後のデザートはナイフとフォークでバナナ1本丸ごと皮をむいて食べるという離れ業。苦労する高校生を手取り足取り教えるのは意外と楽しいが、バナナが丸ごと出てくるレストランなんてあり得ない。バナナ世代真っ只中のマナー先生の嫌がらせじゃないか。 そもそも食事なんだから、細かいマナーなど気にせず楽しくおいしく食べればいい。 1533年、イタリアの大富豪の娘カトリーヌが後のフランス国王アンリ2世に嫁いだ際に伝えたとされる食事マナー。その後、17世紀末にナイフ、フォーク、スプーンが食卓に並ぶようになったが、美食王ルイ14世はフォークを嫌って手づかみで肉料理を食べていた。 結局、現在のフランス料理のスタイルが広まったのは、1789年のフランス革命以降。貴族が没落し、失職したお抱え料理人が街でレストランを次々開業したからである。 貴族は意外と手づかみを好んだが、上流階級のまねをした庶民の方がマナーにこだわり、手づかみスタイルは消滅したのだ。 そう考えると、何のためのマナーかよくわからなくなる。とにかく、楽しくおいしく食べるのが一番なのである。
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